祖母の老いと向かい合う

97歳6ヶ月の祖母に会いに、
福岡に滞在中です。
1年に1回しか来られないけれど、
老老介護をしている伯母・伯父の様子も
同時に見に行っています。

本来なら孫世代の自分たちが手伝うことを
しなければならないのだと思いつつも、
遠く離れていることや、母方の実家ということもあり
なかなか直接、手伝うことを選択してこれなかった。

自分にできることは・・・と考えても
出来る限り、顔を見に行く事と、
祖母の心配事をなるべく軽くしてあげることだけ。
望みをできるかぎり叶えてあげたい。

来るたびに、加速する痴呆や老いに戸惑う。
今回は大きなケガをしたばかりということで
想像以上に弱っていて、記憶が曖昧になっていた。

気丈で丈夫で、足腰もしっかりしていた人だし、
とにかく人のために生きる人だったので、
前回来た、10ヶ月前とあまりにも変わってしまった祖母に
最初はショックだった。

1日目はほぼベッドから起きて来ない状態だった。
ただそばについて手を握り話しかけるだけ。
それが2日目になると、起き上がってくるようになり、
「せっかくめぐちゃんが来てるのに」と言いながら
少しずつ体を起こす。
そして夕方ごろになると、饒舌になってきた。
記憶が少しずつはっきりしてくる手応えと
表情が出てくる。手を握る力が強くなる。

やはり、大切なのは、対話だ。
聴くことだ。相手の記憶が曖昧でも、
言葉がそんなに出て来なくても、
感じ取れる。信頼してくれているのが
握った手から感じられる。

祖母に思いきって聴いてみた。
「何か心配事ある?」と。そうしたら
「もう心配することは何もないよ。
おばあちゃんは、今、幸せだから」と。

カウンセラーとして何ができるか
ずっと考えていたけれど、
心から寄り添うことだけだ。
心から聴くことだけだ。

またおばあちゃんに教えてもらえたね。
小さい頃、私を膝の上に乗せて
「めぐちゃん、情けは人の為ならず。
見返りを求める必要はないよ。
人に尽くせば、めぐりめぐって自分が幸せになる。」
ということをおばあちゃんから教えてもらった。

大正生まれ、激動の時代を生き抜いてきた人。
どんなに苦労しても決して誰のせいにもせず、
人に尽くし続けてきた人。
私の中ではマザーテレサのような存在。

一瞬でも長く、この世に生きていることの
喜びを感じてほしいな〜。今はただ、それだけ。

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