ボールを握りしめない

自分が「正しい」と感じることや、
「当たり前」と思っていること、
大事にしていることに対しては、
ぎゅっとそのことを握りしめてしまいがち。

あまりに握りしめてしまうと、
それ以外の選択肢を失うことがあるので、
自分が頑なになっていないか、
時折、引いて眺めてみることが大事だと思っている。

大事なこと、自分の中の正しさなどは、
あって当然だし、大切にしたい。
でも世界中みんなが自分の正しさを握りしめたら、
やっぱり争いが起きる。

A案とB案で人々が対立しているとき、
そのうち、AでもBでもない人のことを
攻撃している様子を見かける。
どっちかに決めろと迫っていたり。
A案やB案がどんなによくても、
自分と同じ意見ではない人を攻撃したり、
決められない人を正論で追い込んでいる様子は
とてもつらい。

先日の安保の問題のときもそう。
デモに行く人を責める人もいれば、
行かない人を責める人もいて、
結局、賛成にしろ、反対にしろ、
どちらか決められない人や動けない人を
非難する声を聴くと、悲しくなる。

大きな世界の動きや、国の問題より、
毎日、隣の人とうまくやっていくことで
精一杯の人もいるはずなのだ。
もちろん両方大事なのはわかっていても、
日常もとても大事。
先々のことを考える余裕すらない人生の人もいる。

選挙に置き換えても同じかも知れない。
投票率が低いことは残念でならないけれど、
行けない、行かない理由があるのかも知れないと思うと、
まずその状態をなんとかするサポートが必要だなと。

ボールを握りしめて正論で戦わない。
これは私が40年、生きてきて感じていること。
自分がうまくいかなかったときとかのことを考えると、
ボールを強く握りしめたときほど、やはり失敗している。

ボールを大切にしつつ、
違う角度からボールを眺めてみる余裕を育てることで、
他の人が強く握りしめているボールに気づき、
他の人の握る手を緩めるお手伝いもできている気がする。

バイロンケイティワークの
「それは本当ですか?」は、私にとって、
ボールを握っている手を一瞬緩める問い。
http://thework.com/sites/thework/nihongo/

自分に問える余裕を持ちたいです。

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