怖くて親には言えなかったいじめ。

いじめでの自殺のニュースが耳に届くたび、
胸がしめつけられる。
特に子どもたちのニュースが報道されるたび
自分の中学生時代を思い出す。

今から思うと、「いじめ」と呼べるものか
どうなのかわからないが、
当時、中学生の私にとっては、
学校に行くのが怖いくらいつらかった時期がある。

大人数の先輩に囲まれて、
1人1人から自分に対する評価という名の、
バッシングを受けたり、
毎日、帰りに待ち伏せされて後ろからついてこられ
悪口をひたすら言われ続けるなどがあった。

親に話すのは怖かった。
部活を辞めたくて辞めたくて仕方がなかったが、
「始めたことを辞める」ことを嫌う親だったので
どう切り出して良いかもわからなかった。
何より、弟の少年野球の応援で、
いじめられて帰ってきた土日には、
家に誰もおらず、当時、飼い犬を抱きしめては、
泣いていた記憶がある。

死にたいと思っていたかはわからないが、
学校を休みたいとも言えず、
部活の時間が近づくと、体調不良になり、
よく保健室のお世話になっていた。

ニュースで報道されるたびに、
学校や親は気づかなかったのか?ということを
問われるけれど、なかなか話せなかったりする。

心配をかけたくないと思っている子、
私のように、「怒られるんじゃないか」と
想像してしまい話せなくなる子、
誰かに話すと、いじめが悪化しそうで怖いと感じる子。

大人もそうだよね。
「愚痴や不満は良くない!」と言い切ってしまうと、
本当に抱えている心の苦しみを押し殺して
我慢しているうちに、悩みが大きくなってしまったり。
誰にも相談できなくなってしまう。

だからいつも私は思う。
愚痴や不満でもいい、たいしたことないなんて思わずに
心のひっかかりは、話してみてほしいと。
そして一緒に探求したい。
きっと死ななくても生きる選択肢は、
まだまだあるはずなのだ。

私はいじめとは全く違うところで、
1人の先生に助けられた。
「お前は、走り方を変えたらもっと足が速くなるよ」と。
その一言で、転部を決める。
部活を辞めるのではなく、転部するという新しい選択肢を得たのだ。

きっとある。
誰にでも新しい選択肢はある。

だから自分ではどうにもできなくなったら、
いつでも頼ってほしい、そう思っています。

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