差別や偏見

差別や偏見はない方がいい。
人は皆素晴らしい存在。
ニュートラルに平等に。

自分の心や状態が落ち着いていて、
自分自身が自分に対してニュートラルで、
自分の存在を信頼でき、自分を差別や偏見で見ず、
あるがままの現実と対峙できるときは、
他者に対しても、同様に出来る。

しかし、私も、誰しも、
自分に余裕がなくなると、
無意識に防衛本能が働き、
自分や自分に近しい価値観の人=普通、
その価値観以外の人=普通ではない。となりがち。
差別や偏見だとは思っていなくても、そうなってしまっている。

自己信頼することは大事だけれども、反対に
自分が「差別された」「偏見を持たれている」と感じた時に、
自分の受け止め方も大事。
「そういう見方もあるよね。」と思える余裕を育てたい。

例えば、私の職歴(会社員時代)は、転職歴も多く、
正規雇用の経験も少ない。
しかも短大出て、専門学校中退して・・・というキャリア。
http://www.megumi-saitou.jp/profile.php

「転職歴が多いし、正規雇用の経験が短いから、
この人、転職難しいよね」とか「こういう人は忍耐力もないし長続きしないよ」と
履歴書だけ見られると、言われてしまいます。
それは片方でとても正しくて、そういう風に思う人がいるのは避けられない。

そこに落ち込んだりする時もありましたが、
まぁ、確かに、忍耐があるか?と問われたら、人より少ないのかも知れませんし、
私自身が、長く続けることだけが素晴らしいと思っているわけではないので、
「まぁ。そうだよね」と思うこともあるわけです。

それゆえ、では、このキャリア、
今まで自分が歩んできたキャリア、
不可抗力なことも含めて、現実としてのこのキャリアを
どう、活かすのか、偏見や差別でなく、今の私を見て、
仕事を発注してくれたり、頼ってくださるお客様の方に
光を当ててみる。
履歴書には現れない、「私」のことを
ニュートラルに見てくださる方もいることもわかる。

他の例だと、私には子どもがいない。
欲しいとか欲しくないとかではなく、子どもがいない。
周りの人から「子育てしたことがないくせに」と言われることもある。
「子育てしていないと人として一人前ではないよね」と言われ、
落ち込んだこともないとは言えない。

ただその時も、深呼吸して、その言葉を受け止め、
子育てしている周りの友人や妹をしっかり見つめると、
「確かに、こんな尊いことを体験している人たちはすごいよなぁー」と
しっかり事実を見つめる。

そうすると、「子育てしたことがないくせに」と言われた時に、
「子育ては素晴らしい経験ですものね」「私もしたいなぁ」と
余裕を持って、お返事することができたりします。

そう、差別や偏見は、大きさや社会的課題だけではなく
日常でもたくさんあるわけで、
それは人が自分の価値観や基準を持っている上では、
避けようがないことだし、自分だってやっているかも知れない。

差別しないようにしようとするのではなく、
やはり、自分が自分を信頼し、自分に対して差別や偏見を持たず、
自分の心の余裕を育てることが大事だと思うのです。

差別したとかされたとかではなく、
ただ自分が自分の心を大切にすることからだと思っています。

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