今日の1日は誰かが心から生きたかった1日

何かで見たことがあるこの言葉。
今日の1日は誰かが心から生きたかった1日。

だからその人の分もがんばれということではなく、
そのくらい1日というもの、生きるということは
尊いことなのだと、私は解釈している。

大切な人たちが天国へと旅立ち、
彼らの想いを受け止め、受け継ぐことで、
彼らと共に今も生きている。

年齢を重ねるとお別れに立ち会うことも多くなる。
複雑な想いが駆け巡る。

若すぎるとか、なんでこの人がとか。
でも、そんなの、私の思い込みかも知れない。
勝手にその人の寿命に意味づけする権利など
私にはない。

悲しみや寂しさと共に受け止めて、
今ある自分の生(せい)と向き合うだけ。
生かされていることを受け止めるだけ。

尊い。
生きていることは奇跡的なこと。
受け継がれてきたから今、ここに命はある。
大きなつながりの中で生きている。

命がある間は、そのことを感じながら、
暖かい気持ちと感謝の気持ちを大切にしたい。

動いてくれている心臓に、
胸いっぱい空気を吸える体に感謝。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。