察してほしい

どこかに察してほしい、
察するべきという考えがあるとき、
コミュニケーションはすれ違う。

言わなくても当たり前だから
わかるはず!と思って言葉をはしょると、
たいがい、細かいところが抜け漏れる。

前提条件や、見ている視界、
どの対象に対して、どんな基準で話しているのか、
ちゃんと揃えておかないと、コミュニケーションは、ずれていく。


企業も同じ。
「当たり前」の基準は言語と行動とで理解できるように
前提と成り得る条件や背景、見ている視界、時間の長さ、
基準、あらゆるものを揃えた上で会話しないと、
社長の話は社員に伝わらない。

経営者の当たり前と、
雇用されている社員の当たり前は
はるかに違うものである。
だからこそ、どちらもお互いの立場に立つ
コミュニケーションが必要なのである。

いい悪いとか、どっちが正しいとか間違っているとか、
その議論にはあまり意味がなくて、
それぞれの立場の正しさであり、良さなのである。

お互いが何を見て、何を感じているのか、
お互いの立場にたって、その人の大事にしていることを理解し、
その上で、チームとして会社として何をするのかを
決断しなければ、物事は前に進まない。

傾聴。聴くことからしか相手の立場に立てない。
相手の立場に立ち、その人の感じていることを味わう。
私の研修では、
そんなことを大事にしています。

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