程よい「おせっかい」が大事

あまりにも他者に無関心になりがちな昨今。

いや、違うな、無関心ではなく、
他者評価が気になりすぎるため、
関われなくなっているのかな。
介入して嫌われたくないし。

他者からの関わりが鬱陶しいと感じてしまう人も
多いのかも知れない。
自分に自信や余裕がないと人のアドバイスや
人の関わりにうんざりしちゃったり。

昔は近所の大人に怒られながら育った。
逆にいいことをした時も近所の大人から褒めてもらえた。
良くも悪くも、いろんな関わりの中で
自分の価値観が形成されたように思う。


時代の変化もあるし、価値観の多様化もあるので、
ただのおせっかいは押し付けになるのも事実。

でもね、私、程よいおせっかいは大事だと思っている。
関心を向けること、適切な健全な介入をすること。

ただ気をつけなければならないのは、
「良かれ」と思ってやらないことかな。
大概、それは相手にとってではなく
おせっかいをするこちら側の「良かれ」なので。

相手が選択できるような提案型のおせっかいが理想。
あくまでも1つの意見として提示してあげられると
相手は受け取りやすいと思う。

私が忙してくしばらく連絡しないでいると
母から「生きてる?」とメールが来る。
「死んだら連絡行くし・・」と文句言いながらも、
「元気?」と確認してくれることにありがたく。

気にかけてくれる誰かの存在が、
苦しい時の支えになったりもする。
元気な時は気がつかないけれど、
元気がない時にはありがたかったりもする。

だから、私は程よいおせっかいを続ける。
「最近、どう?」
「時間が空いたら遊びに来てね」と。

掴みたい時に、目の前に差し出された手は、
とてもありがたい。
いつが相手の掴みたい時かわからないので
とりあえず、いつでも手を差し出す準備があることだけ
伝えておく。

これが程よいおせっかいかなと私は思っている。

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